九州国立博物館の〈王羲之と日本の書〉展がまもなく閉幕と聞いて出かけてみました。職場の先輩に勧められて、つきあいのつもりで毛筆の手習いを始めたのは遠い昔のこと。熱が入って、王羲之や懐素の書を手本に金釘流の克服に燃えていたものでした。あいにく、その後ワープロに転じて、手書きの機会が少なくなったのもあり、そんな殊勝な努力も無用とでもいうように手習いからも遠ざかっています。そんなことを思い出しながら、会場を一巡すると、王羲之らに学ぶところから始まった日本の書が、やがて仮名(かな)を生み出し成熟して行く江戸時代までの主要な作品(明治の西郷隆盛と副島種臣も一点ずつ)を時代を追うように展示しているのが、本邦における書の歴史を一望できてなかなかの見物だと思いました。

筆者が習ったのはもっぱら漢字ですが、日本人の感性によってこれを生まれ変わらせた仮名の書もまた特筆に値するものでしょう。そもそも、表意文字である漢字を消化しつつ表音文字である仮名を発明して併用するというそんなアクロバティックな言葉を操る国や民族がほかにあるのかどうか、と考えさせられる部分もあります。加えてこの頃は筆者でさえもカタカナ語を乱用する始末ですから。

せっかくの手習いも、今ではキーボードを叩くのが習慣になって、ボールペンを持つのが億劫になるほどの金釘流。いまも墨硯はどこかにしまい込んであるはずですから、暇があったら改めて大家の書とにらめっこをするのもいいかもしれません。